おのおののひとりごと

徒然に、日々の小さな備忘録

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都内降雪予報の中での妄想

この記事は、降雪予報が出ている都内を前に、雪道を走りたいとも思う気持ちをまとめた文章です。

都内に雪が降らない冬と、スタッドレスのこと

冬の始まりと、毎年の「儀式」

トゥーランのタイヤ交換という季節の手触り

毎年12月になると、トゥーランのタイヤをスタッドレスに交換する。
油圧ジャッキで車体を持ち上げ、ナットを外し、冬用タイヤを一本ずつはめていく。
金属の音、ゴムの匂い、そして交換後に明らかに軽くなるステアリングの重さ
それはもう、すっかり「冬の儀式」になっている。

トゥーランの写真

降らない冬が続く都内

予報だけは賑やかだが、実際には積もらない

ここ数年の都内には、まともな積雪がない。
予報では「積雪の可能性」と何度も言われるのに、
実際には、うっすら白くなることすらない冬が続いている。

その結果、
自分が履かせているスタッドレスの“本当の性能”を、
いまだに知らないままだ。

失われた雪道の身体感覚

最後に雪道を走ったのは10年以上前

最後に雪道を走ったのは、もう10年以上前だろう。
あのとき身体で覚えていたはずの感覚──
アクセルの踏み方、ブレーキの扱い方、ハンドルを切るタイミング。
そういったものは、すっかり遠くなってしまった。

雪国と都内では、雪の質がまったく違う

サラサラの圧雪ではなく、都内の雪は湿って重く、すぐシャーベットになり、
夜にはそのまま凍って透明な氷になる。
スタッドレスでも滑る、あのいやな路面だ。

都内の雪道が危険な理由

ノーマルタイヤの車が多いという現実

都内では、ノーマルタイヤのまま走る車も多い。
自分だけが雪対策をしていても、
突っ込んでくる車があれば避けきれないことだってある。

だからこれまでは、たとえ降雪があっても、
「不要不急の外出は控える」という選択をしてきた。

本当に怖いのは「翌朝の凍結」

生活者としては正しい判断だと思う。
一番怖いのは、雪が降った日そのものではなく、
溶けかかった雪が凍る、あの朝だから。
車だけではなく、歩行者でさえまともに歩けない、あの朝。

それでも強くなる「雪を走りたい」気持ち

降らない冬が続くからこそ芽生える願望

ここまで雪が降らない冬が続くと、
「一度くらい、雪道を走ってみたい」という思いが、
静かに強くなっているのも事実だ。

スタッドレスの性能を、
自分の手で確かめてみたい。
タイヤが雪を噛む感触や、ブレーキの効き方の違いを、
もう一度、身体で思い出してみたい。

迷惑だとわかっている、それでも

雪が降れば生活は乱れる。それでも願ってしまう

もちろん、それはどこか“迷惑な思い”でもある。
雪が降れば、まずやるべきは自宅前の雪かきで、
交通の混乱も起きるだろう。
それでも、降らない冬が続いたからこそ、
そんなわがままな感情が顔を出してしまう。

都内の冬に抱く、ふたつの気持ち

「避けたい」と「経験したい」が同時に存在する

都内の冬に対する自分の気持ちは、
「雪を避けたい」と「雪を経験したい」が、
いつも同時に胸の中にある。

スタッドレスに履き替えたトゥーランは、
今年もまた、雪のない街を走っている。
そのタイヤが本気を出す日は来るのかどうか。
空を見上げながら、
少しだけ期待している自分がいる。

降雪すらない今だからこそ。
迷惑な妄想だ。